見鷹 祥而(みたか じょうじ)はペンネーム。東京都出身。物理学科卒。
中央線に乗って吉祥寺と三鷹の間を走っているときに思いついた適当なペンネームを使って自分の書いたものを発表していくことにしたのは、2010年だった。それまでの一年でいろいろなことがあった。長年飼っていて一番愛着のある猫が死に、愛犬が死に、父が死んだ。忌野清志郎も亡くなり、三鷹江ぐちまで閉店したときはどうしようかと思った。夏目漱石なら、かれこれ晩年の大作、明暗にとりかかっているような年齢にもなった。ここから先の処し方は『風姿花伝』にも書いてない。今更、新しいことに挑戦するわけではない。ただ、まるで思春期の頃のような表現への執着がよみがえって来ているのだ。
このほぼ四半世紀の間、表現に関して長い停滞を経験した。企業で働く事、生活が安定することと引き換えに自分の名前による表現を抑制してきた。自分の本当の意見、生な作品を近しい人に見せるのは苦痛を伴う。しかし、自分をさらすことなく、真に自分にとって大事なものを追求するなどということは土台不可能なのだ。田村隆一さんが亡くなったとき、父と同年輩の詩人の死によって、責任が自分たちの世代に移って来ていることを思わされた。父が死んだときに、もうこれ以上引き延ばせないと思った。なにをか?それを言うのは難しい。結果で示す他無いと思う。これでは説明にはならないかもしれない。もちろん、「それ」を示せないまま終わるかもしれない。普通、人が二十代で始めることを二十年遅れで始めるのだから。もしそうなったら、その時は、永遠にそれが何かは分らないままだ。
しかし、それはまだ終わった訳ではない。『キッズ・リターン』ではないが、まだ何も始まったわけでもないのだ。だから、始めるしかない。ここは、始めるために開設した。ここに掲載したもののいくつかは既に他のサイトなどで公開したものだが、良い機会なので、訂正しつつ、筆名の元に再度提示している。元のサイトも残しているが、原則としてこちらが「正」である。
自分の書いたものをWebで公開することに関する違和感や懸念はつきない。しかし、残念ながら自分には他に活動の拠点を求めている余裕はもうない。元々読者は限定的だろう。どのように読者を探して書いたものを届けるかについて思い悩むぐらいならまずは自分の手で公開してしまった方が早いと考えた。
(2012/01/23 3/19, 2024/12/09 修正)
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